badend
目を瞑った顔ばかり見ていた。
「九ちゃん……?」
九ちゃんは眉根を寄せてぎゅっと目を瞑っていた。そればかり見ているのはそれ以外を見たくないからだ。さっき通り過ぎていった「もう助からない」という内心の声が本当だと知るのが怖い。自分は何を見てそう思ったのか。首が折れているのか、頭が潰れているのか、それとも胴体が? 何にせよ、もう助からない。だって九ちゃんは返事をしない。
顔以外にどこを見ていいのか分からなくて、意味もなく自分の靴先を眺める。丈夫な革靴は九ちゃんのバディになったときからずっと変わらない。朝磨いたはずのそれは土埃で曇っている。九ちゃんに突き飛ばされて尻もちをついているせいで視線が近く、靴の汚れがよくわかった。そこからそろそろと視線を伸ばしていくと、九ちゃんの手に行き当たった。こちらに伸びた、日焼けした手。使い込まれてくったりと肌触りの良いグローブ。そう、九ちゃんが俺を助けたのだ。俺を落石から守ってくれた。
「九ちゃん」
その手をそろそろと握るとまだ柔らかく温かい。それに励まされるように声をかけても、その手は決して握り返してこない。
「九龍、おきろ」
それが悲しくて引っ張ると、ずるりと九ちゃんの腕が伸びた。肩が外れている。それで慌てて手を離す。
「くろう」
どうしたらいいのだろう? 九ちゃんを運びたいのに運べない。いや、ほかにやるべきことがあるのはわかっているのだ。ロゼッタ協会で教わった教科書的な対応が頭の中に浮かび上がる。「安全確保、H.A.N.Tの確保、救援要請」それじゃあ死体は?
死体、と認識してしまってくらりと頭が揺れる。ここにあるのは死体だ。九ちゃんの、抜け殻。九ちゃんが目を瞑っているのが悪いのだ、だってそうしていると太陽の光に目を細めているような、ただ本人の意思でそうしているように見えるから。
それでもやるべきことを認識した身体は染み付いた義務感で行動を始める。そろそろと九ちゃんのベストを探りH.A.N.Tを探す。生体情報が途切れたせいで沈黙するそれにバディ用のパスワードでログインすると探索放棄の報告を上げる。それからようやく立ち上がって踵を返した。
遺髪でも取っておけばよかったのだと気が付いたのは、遺跡から出て乗り付けていたSUVに戻ってからだった。戻るべきだろうか、そう思ったが九ちゃんが何と言うか考えるとそれもできなかった。朝は助手席に乗って来たのに、帰りは一人、運転席に乗って帰る。もう二度と、俺が遺跡に来ることはない。