九月二十日の独白、あるいは十二月二十四日の精神
太陽はもう沈んでいた。窓から夜が部屋のなかへ放射している。夜は暗さであり、静けさであり、それから肥大する自意識でもある。
意識はベッドに横たわり、開かれたままのカーテンを眺める。取り込む外光がない今、カーテンは部屋の主の怠慢を示している。示しつづけている。そこから意識を逸らし、知覚するのはわずかな汗の臭いとくったりと擦れたシーツの感触。手先の感触だけで布団に包まり直し、過ぎ去った時間をただ思う。
さっき目が覚めたときは午後の三時だった。まだ同級生が校舎で勉学に励み、遠く新宿の摩天楼が燃える夕陽のなか影のように聳え立っていた時間。それからどれほど眠っていたのか分からない。
枕元の携帯電話を確認すれば済む話なのにそうしないでいる。ため息をひとつ。目を閉じても睡魔はなく、意識は投げ捨てられた重たい体と同化している。
たまにこういう日がある。朝から何もできず、昼にも起きられず、夜になっても眠れない日が。
意識は拡散と集中を繰り返す。木立のざわめきに耳を澄まし、虚空を漂う埃の一欠片になり、頬が枕に擦れる感触を気にしたかと思えば身の裡に沈む。覚醒と睡眠の合間に漂う意識にはべっとりと現状への鬱屈がへばりついている。
何かを変えようと口を開く。
何か言葉を発そうとした喉はその形のまま固まり嗚咽のような音だけが漏れた。何を言おうとしたのか、誰を呼ぼうとしたのか、知っているような気もするし、すべて忘れてしまったような気もする。記憶がないせいか、意識は現状を追認する。だから、今の形が完全なのだとそう決める。頼る人がいないことは頼る必要がないことで、助けての言葉が言えないことは助けを必要としていないことだと。
そうして布団のなかに蹲る。身を起こせばいいのにそうはせず、ただ体と意識を横たえて眠りもしない。永遠に。――永遠に?
永遠に。だって朝を見たことがない。夜のあとには朝が来るはずなのに、眠っていない以上それが見えるはずなのに。
話に聞く朝は清々しく、眩しく、明るい色をしている。いつかそれを目にする日が来るだろうか。思い浮かべようにもこの夜は深く、意識は倦んで閉塞していく。それを防ぐために目を閉じた。朝はなく夜もなく、かといって意識もない。安寧だった。