Every hound has its handler

 内心の伺えない621の茫洋とした瞳のなかに、ウォルターは何かを探す。

「621、休息はとれたか」

 第四世代の例に漏れず621は通常モードでの反応が鈍い。決して莫迦ではないのはACでの戦いぶりを見ればわかるが、自発的な行動がほとんどないし、物事へ好悪を示すことも稀、自分自身にも無頓着だ。ウォルターがやめるよう指示をする前はACのコアの中で眠っていたし、本人は未だベッドで休むことと操縦席で休むことの違いがわかっていないように見える。ウォルターが621に与えた部屋を訪ねたときも、621は殺風景な部屋の中でベッドに腰かけてぼんやりと宙を眺めていた。621の中で休むということは何もしないということだ。

 ベッドに座ったまま、621は黙ってウォルターを見上げる。物理的にACに乗せるためにいくらか整備をしたので、621は最低限の人の形をとっている。技術やAIが発達した現在でも、人間や人間の形が優位になることがある。例えばACの操縦のように。顔を覗き込んでも顔色や表情が分かるようなものではないが、ウォルターは621と目を合わせた。

「この状態で三時間過ごしている。休眠モードへはスケジュールどおり移行する予定だ」

 621の肌は萎びていて、首元に埋め込まれたデバイスや端子の周辺は荒れて赤い。声はがさがさと掠れて聞いているこちらが苦しくなる。見つめる瞳は自前の物だが、ACに乗れば視神経は切断され外部カメラへと繋ぎ変えられる。その瞳を覗き込んで中に何が見えたものか、ウォルターには分からない。体はACに乗ることを優先して作り替えられている。

「……身体を休めたのはわかった。気分はどうだ」
「緊張や興奮はしていない」
「そうか。――気が向いたなら少し歩いたらどうだ。見るものが変われば感じるものもあるだろう」

 第四世代は感情の起伏に乏しい。ハンドラーとして幾人かの第四世代強化人間と接した経験からウォルターもその傾向を否定する気はないが、「感情の起伏に乏しい」ことは「感情がない」ことを意味しない。彼らの感情が表に浮かび上がらないようなさざ波のようなものだとしても、それを無いものとして扱いたくはなかった。

 ――欺瞞だ。

 そういう願いこそが、強化人間の現状をよく示している。第一、強化人間を「飼う」ウォルターに何が言える。

 内心自嘲するウォルターに気づくこともなく、621はベッドに手をついてゆっくりと立ち上がる。ウォルターにも覚えがある、軋む足を無理に動かすようなのろのろとした動作だ。少し震えながらも621の目線が近くなる。

「歩く」
「……いいことだが、これは仕事ではない。無理はするな」

 621の瞳は穏やかに凪いでいる。それが平坦な感情によるものなのか、621本人のものなのか、ウォルターには区別がつかない。

「無理はしない」
「……そうしてくれ」

 これ以上何を言っても命令になってしまう。のろのろと足を動かす621を見守りながら、ウォルターは一緒に廊下を歩いた。ウォルター自身にとっても久しぶりの散歩だった。



*****



「お前自身の感覚に従え」

 その言葉がどれほどの意味を持つのか、ウォルターには掴めない。621は仕事を選ぶことがあるし、何なら勝手に仕事を引き受けたことすらある。だから621には感覚も思考も判断力もあるのだと、そう信じてウォルターは語る。今まで何も聞かなかった。ウォルターの持ってくる仕事をどう思っていたか、目的を訝しんだことはあるか、そもそも猟犬として飼われることへの感情はあるか、そんなことは聞かずに未来だけを委ねる自分は結局酷い人間だ。それでもウォルターはそう言うことを選んだ。



*****



 ここからはウォルターの知らない話だ。自発的に何かを語ることはなかったが、621にも選択肢があった。オーバーシアーの計画に賛同しない「当事者」からの依頼があった。その上で選んだ。そこから先はあまり言う必要がない。意見が対立しない限り、戦わない限り、自他の違いというものは見えにくいものだ。理解がないとしても、そこには穏やかな微睡がある。

every jack has his jill

どんなジャックにもそれに見合うジルがいる。似たもの夫婦、破れ鍋に綴じ蓋の意。