剣と炎

 暖炉の炎は消えかけている。ハンスは寝台に横たわったまま段々と部屋が冷えていくのを感じていた。

 ヘンリーは去って行った。つい先ほどまで傍らにあった温もりは遠く、残るのは深い夜の空虚だけだ。熱は拡散し、代わりに夜が染み込んでいく。ハンスはなすがままその冷たさを受け入れた。

 ヘンリーがいないと、とハンスは思う。自分はいつもこうだ。ただの役立たずのモノになったような気がする。彼といるときだけハンスは動き、呼吸をし、人間の形を取り戻すのだと。ヘンリーに語った二人の騎士の物語と同じように。現にこうしてハンスの体は冷えている。もうすぐ部屋と同化してしまうだろう。

 ヘンリーの体温は高かった。それは彼が戦う男だからかも知れないし、鍛冶屋の息子だからかも知れない。でも、ハンスがその理由を説明するとするならきっと、彼が勇者だからだと言うだろう。

「Ignis aurum probat; miseria fortes viros(炎は黄金を証明し、悲惨は勇者を証明する)……」

 彼は炎を纏ってなお美しく輝く黄金だ。彼の悲劇は彼の強さを証明する。平凡な村の、平凡な鍛冶屋として終わるはずだった彼の人生は、血に彩られた一振りの美しい剣へと変わった。 彼はつねに鍛えられ続ける剣だ。ハンスの知らないあの日から、彼の身の裡に炎が燃え続けている。そうして彼は人生を、ボヘミアを、歴史を切り開く。

 ハンスにはそれが羨ましくも恐ろしい。彼はあとどれだけこんな出来事に耐えればいいのだろう。いつかその剣が高熱に脆くも折れてしまう日を幻視する。

「ヘンリー……」

 無事で。彼のためと同じかそれ以上に、ハンスは自らのためにも祈る。神よ、どうか彼をこんなところで死なせないでください。彼は誠実なよい男です。彼はもう十分に自らの証を立てました。これ以上彼に求めないでください。

 一方で――

 ヘンリーが折れないのは私のためなのだ! 神と取り合う気はないけれど、取り合いたいのだと願いながらハンスは内心で叫ぶ。

 ヘンリーは、ハンスが初めて見つけた人間だった。自分と、自分を認めてくれない叔父と、貴族と農民。それだけでできていたハンスの世界に、ヘンリーは人間としてやってきた。どこかぎらぎらとした貪欲さと、無頓着な誠実さと、横柄な倫理と、ヘンリーが見せる様々な面をハンスは隣で見てきた。字を学び、剣を学び、それで立派な騎士に近づくのかと思えばどこからか小銭や衣類をくすねてくる。彼のおかげでハンスの世界は広がった。城と、浴場と、酒場と、森と。それだけは知っていた、それだけしか知らなかったハンスは隣を歩く友を知った。

 そしてヘンリーにとってのハンスも同じだ。同じだと、ハンスは信じる。故郷を失くし、親を亡くし、行く当てを無くし、そうした男を世界に繋ぎ止めるのがハンスだと、二人で共に世界を歩むのだと、ハンスは自らを信じる。

 だから。

「Audentes fortuna luvat!」

 どうか幸運よ! ヘンリーに祝福を。ハンスは祈り、目を閉じた。