Happily ever after
1.親切な語り手
ハルマゲドン未遂から一億と二千年がたった。神とサタンはずいぶん昔にすべての部下を地上へ送り出すと、天と地獄を閉鎖した。神 の、世界に対する管理者権限は消え、天使と悪魔は奇跡を起こすこともできず、すっかり仕事がなくなってしまった。事実上の倒産だった。
それでも神は、ずっとこの世界を眺めている。
人間が善い方向へ向かったかという問いには、一概には言えないと返すしかない。神の視座から見るならばささいな数歩だが、まあ進展はあった。しかし、一番大きな変化は、人間の見た目にあった。
羽がはえたのだ。
地上に留まることになった天使や悪魔は、いつの間にか人間と混じり、子をなしていた。神による最後のゲームバランス調整により、人間と交わった天使や悪魔は寿命を縮めるよう設定され、もう原因は生き残ってはいないが、オカルト的存在の種は薄く広く繋がり続け、今ではすべての人間に翼がある。神のかたちをかたどった生き物はもはや存在しない。
「ねえ、さみしくはないかい?」
神はたまに、上空に向かって問いかける。(天界の上空と地獄の地下が繋がっているのは、一見するとおかしな話だが、実を言うなら地上を中心に創造を始めたが故の不便を、でたらめパワーで何とかした力業のせいである。)返事はないが、さみしくないならそれでいい。
2.なぜだかどんどん寂しくなくなる二人
「ウリエルが死んだ。人間と交わって118年だった」
「そうか。まあ、持ったほうだろう」
ガブリエルとベルゼブブは、不機嫌に飲み交わしていた。部下のほとんどはすでに死んだ。純粋な天使と悪魔は数えるほどで、地上にはまだらな灰色を羽をもつ人間が跋扈している。ぱっきりとした白と黒の羽は酒場でも目立ったが、いまさらそんなことを気にしてはいられなかった。
「もう本当に残っていないな。ほかに誰が残っているか覚えているか」
「クロウリーとアジラフェル」
「あいつら以外だ」
ガブリエルは不機嫌にいった。あの二人と比べてベルゼブブと会うことを選んでいるのにまったく悪魔らしい当て擦りだ。
「頼むから死んでくれるなよ。あの二人に愚痴なんて言ってられん」
3.クールな羽の二人組
「えっ、あの羽の色最高じゃない!?双子コーデかな」
後ろでそんな声が聞こえて、アジラフェルと街へでていたクロウリーは肩をすくめた。およそ二十年ごとに、羽のカラーリングに白と黒のナチュラルカラーのブームが来る。最近のトレンドは淡いパステルカラーだったから、そろそろ頃合いなのだろう。クロウリーにとっては自分のセンスを誇示できるいい機会だ。
「羽を出して歩くのが当たり前になってからのほうが、窮屈になった気がするよ」
アジラフェルは逆で、羽に注目されるたびにぶうぶうと文句を垂れる。染めればいいというとそれは嫌だというので、クロウリーもあわせて羽の色を変えずに過ごしている。
「ずっと昔、きみがわたしとの街頭スナップを撮らせた時なんてひどかった。ガブリエルに延々と嫌味を言われて――」
「何千年前の話だよ。いいたいことがあるならちゃんといえって」
わざとらしい物言いを鼻で笑って、きちんと言葉にして尋ねる。アジラフェルは唇を尖らせてクロウリーを上目に見る。それがとても可愛らしくて、クロウリーはそっとアジラフェルの手を撫ぜた。
「久しぶりにきみのシチューが食べたい」
「わかった。食材はおまえが選べよ」
もう一億年以上一緒に暮らしているので、要求も譲歩も慣れたものだ。
4.あの方の特別になりたかった忠実でもなければ部下でもない誰か
声が聞こえてふと目が覚めた。気が向いたので、地下の底へ返事をした。
「おまえが寂しいんじゃないのか?」
「……まさか。わたしは楽しんでいるよ」
「悪趣味だな」
「知っていたでしょう」
「知っていたさ。地上ができた時もふてぶてしい天使を贔屓していた。ほかの忠実な部下には見向きもせずに」
「アジラフェルの返事は傑作だったよ。『炎の剣?どこかへ置き忘れたんでしょうね。ついでに私の頭も』!」
「そうか」
つまらない返事にもう一度寝る態勢に入ったところで、いやに優しげな声が聞こえた。
「でも一番はやっぱりきみさ。まったくおもしろい反逆劇だったねえ」
わかっていてやっているのだ。あれは。心を動かすのも馬鹿らしくて、サタンは黙って瞳を閉じた。地上に手が届かない今、どうせこの世界には二人しかいない。