You have the power

 出会い頭に銃口を向けてきた男を蹴り飛ばして、一拍遅れてその事実に驚く。皆守の反射神経は時々思考の速度も超える。長らくその力を生かす機会もなかったので忘れかけていた。

 ようやく状況に追い付いてきた脳みそで現状を考える。男は一人、武装は銃が一丁だけだがどうみてもカタギには見えない。出くわす前の怒鳴り声も気になる。皆守の認識が正しければ、英語で「アジア人の男だ。見逃すな」と言っていたはずだ。それがつい一時間前にこの街にたどり着いた皆守であるはずはない。

 今いる場所はいわゆる旧市街で、細い路地が入り組んでいて周囲に人影はない。倒れた男は一人きりだが、声をあげたということは仲間がいて、それが皆守以外の誰かを追っている。ここは英語圏ではないから男たちはおそらくはよそ者で、地元の諍いというには不自然だ。探し人はアジア人の男。皆守と間違えるくらいだからおそらくは若くて東アジア系。

 それだけでかつての友人を思い浮かべるのはさすがに都合がよすぎるだろう。少しだけ考えて、皆守は倒れた男の胸元を漁り始める。拳銃は手探りでセーフティをかけて皆守の鞄へ、それから無線機とイヤホンも没収する。そうして男が来た方角へ向かって駆け出した。

 別に、相手が誰であれ皆守はそう簡単に死にはしない。皆守に土をつけたのは人生でただ一人だけで、そいつだって無傷では済まなかった。それならちょっと首を突っ込んだって構いやしないだろう。こちらはすでに銃口を向けられているのだ。その銃口を考える間もなくいなしていたとしても。

 いつの間にか感覚と思考が研ぎ澄まされている。走りながら丁字路を認識して、その一歩手前で足を止める。壁に張り付いて周囲を伺い、走ってくる男の前に飛び出して片足を振るう。そのまま素早く周囲を見回したところで声が飛んでくる。

「ナイス上段蹴り」

 日本語だ。丁字路のもう一方、皆守とも、昏倒した男とも違う道から走り寄る男がすれ違いざまに皆守の腕を軽くたたく。黒髪、ゴーグル、ワークパンツと編み上げブーツ。そこまで認識すると皆守はその背中を追いかけるように走る。

「奇遇だね。観光?」
「卒業旅行だ」
「そりゃあいい。ここは超古代文明にも所縁がある街だよ。暇があったら案内しよう」

 目の前の男はぐいぐいと走る。一帯の地図が頭に入っているらしく、一切足を止めることなく裏路地を抜け、塀を乗り越え、屋根の上を渡る。皆守のほうが身体能力は高いはずなのだが、男はとにかく止まらないので皆守も追いつくだけで苦労する。鞄を抱えた皆守に対して男は身一つの身軽な姿なのもある。大きく腕を振って走り、簡単に雨樋やらに飛びついていく。加減をしろと内心で悪態をつきながら、皆守は久しぶりに全力で疾走した。

「いつ、暇に、なるんだよ」
「あと一時間ちょっとかな。お前がいるならもっと早く済むけど」

 町のはずれに立つ建物の屋上で一息をついた男が振り返る。記憶より日に焼けた頬と、記憶通りの眼差し。

「巻き込まれてくれる?」
「言うのが遅いだろ」

 墓守として振舞うことはやめて、これまで平和に生きてきた。誰かと向き合うときに急所を考えることもなくなって、湿った土の匂いは遠い。

 それでも皆守には自負がある。自分はいつでも力を振るうことができる。ここ数年は、望んでそうしなかっただけだ。皆守には他人を傷つけるだけの力と、それをしないだけの意思がある。

 その力を友人が望むというのなら、皆守にはそれに応えたい。皆守が口の端を吊り上げながら鞄から拳銃と無線機を取り出すと、旧友兼宝探し屋は破顔する。

「最高! よし、行こうぜ!」

 こうなれば墓守の力を振るうのにも高揚するばかりだ。誰かのために力を振るった記憶だって、皆守の中にはしっかりと残っている。