夜歩く
皆守が夜に罪悪感を抱かなくなったのは、間違いなく葉佩のおかげだ。墓守として活動していた頃に夜と結びついていた湿った土の匂いや、墓が暴かれることへの怯えや焦燥、昼間を生きる暢気な同級生への疎外感といったものは彼の夜遊びによってすっかり別のものへと塗り替えられてしまった。遺跡で食べるカレーパンの味や、わくわくするような冒険や秘密、あるいはただの日常に。
それでも、これはどちらかというと悪い副作用だろうなと部屋の鍵をポケットに突っ込んで皆守は思う。夜の十一時三十分、もうすぐ日付も変わる時間に部屋着兼寝間着で外出することに躊躇がなくなってしまった。素足にサンダルを引っ掛けてぶらぶらと歩き出す。
夜の冷えた風が皆守の周囲を通り抜ける。
今日は大学が休みだったので、丸一日を衣替えに費やした。夏用の服を仕舞い、防虫剤の匂いのついた冬服を洗濯する。何度も洗濯機とベランダの間を往復し、それが終われば布団を洗いにコインランドリーへ行き、帰ってくれば服を取り込んで畳んで仕舞う。ついでに部屋の掃除もこなした。一仕事終えたさっぱりとした充実感で布団に入ったものの、働き過ぎた弊害かうまく寝付けなかった。久しぶりに感じる肌布団の感触に慣れないまま、結局ベッドを抜け出してしまった。こうして歩いていても、横になっているよりよほど気持ちが軽い。
昔だったら、こうはいかなかった。
深夜の住宅街を眺めながら皆守は思う。まず、気持ちの良い仕事といった言葉を鼻で笑っていただろう。それから、気軽に部屋を出ることもしなかった。眠れない夜はまんじりともせず布団に包まって、ただやり過ごすことだけを考えていた。よく動く体を持っていたのに、心は乖離して生活はいつもぎこちなかった。
夜のしんとして静かな空気、一定間隔で灯る白い街灯、サイズの大きいサンダルがアスファルトを擦る感触、時たますれ違う人間と距離を測る微妙な時間。そういうものを感じる余裕が今の皆守にはある。
どこまで歩こうか。ずりずりとサンダルを引き摺りながら皆守は思う。どこまでだって歩けるけれど、いつかは部屋に戻らなければいけない。朝を探しに飛び出していくのはどこかの宝探し屋の専売特許だ。皆守の仕事は疲れた体を布団に横たえること。そうして眠り、安息の中に朝を待つこと。
けれどまだ、この時間が惜しい。
こんな夜に思い出すのはいつだってあいつのことだ。八千穂がはしゃいであっと声を潜めた夜、取手とこっそり視線を交わし合った夜、椎名と気まずい時間を過ごした夜、二人きりでぽつぽつと会話を交わした夜、いつでも葉佩がそこにいた。
この時間が続けばいい、そう思うのに記憶の中の葉佩は言う。
「サボりはさ、いつか仕事に戻ってくるから楽しいんだよ」
永遠のサボタージュに倦んでいた皆守に、葉佩はそう告げたのだ。昼休みの屋上で、真っ昼間の太陽を背負いながら。そうして午後の授業に出ようと告げた。あの光は夜では出会えない。だから皆守は決して昼間も嫌いではない。それは葉佩と、それからあの教師のおかげだ。
ふと空を見上げると雲の合間にぽつりぽつりと星が見える。街中の、大してきれいでもない夜空だが、皆守はそれに向かって微笑んだ。ぽっかりと時間に空いたポケットのような時間はそろそろ終わる。少し先にコンビニの明かりを見つけて、そこまで行って家へ戻ろうと皆守はのんびり足を踏み出した。