砂漠
砂漠の真ん中に死体がある。砂漠だから死体は腐ることがない。かといって干乾びるわけでもなく、だから死体は眠っているようにも見える。死体からは血が流れていたはずなのだが、砂がすべてを吸ってしまってもう見当たらない。
俺はそれから微妙に視線を逸らしながらアロマを吸う。砂漠にはほかに見るべきものは何もない。いつでも空は青く、雲は一つも見当たらない。一面の砂と丘に変化がみられることは決してない。しかし死体を直視するのも悪いだろうと、俺はそれから目を逸らす。一度埋めようと思い立ったこともあったのだが、この景色で唯一見るべきものが消えてしまうと思えばそれも惜しかった。
それに、死体はたまに喋るのだ。埋めてしまうのは死体にも悪い。
「皆守くん」
死体はそう言った。死体の声だ、と思うのだが、聞いた傍からどういう声か忘れてしまう。死体にしてもそうだ。死体だ、と思うのだが、どういう死体かと問われると説明に困る。手足がぐったりと投げ出されていて、皮膚はかさかさと乾いていて、目は閉じられていて、まつ毛が頬に影を落としていて、そんなことは言えるのだが、では性別は、髪の長さは服装はと問われると答えられない。
ここにいるのは死体と俺の二人きりなのだから名前など必要ない気もするのだが、死体は律儀に俺の名を呼んだ。皆守、と言うのが俺の名前らしかった。死体が俺を呼ぶときにはいつもその名前だ。そして俺が返事をしても気分を害す様子はない。だからここでの俺は皆守だった。
「どうした」
「喉が渇いたの」
「水なんて持ってない」
「それじゃああなた、どうやって生きているの?」
そう問われて俺は自分を振り返る。いつからここにいたのだろう。いつまでここにいるのだろう。砂漠だとは言うものの熱も渇きも感じたことはない。
「実は俺は生きていないのかもしれないぜ」
そう答えると尤もらしく感じてくる。興が乗った俺はその着想に真剣に取り組み始める。
「そう、死体が喋るんだから俺が死体だって別におかしなことじゃあないだろう」
そうだ。ここには死体がふたつ。どこに行くでも何をするでもなくただ横たわって――あるいは座って――いる。それは生者が砂漠にいるよりもよっぽどありえることに思えた。それなのに死体はくすくす笑う。
「そんなのだめよ。だったらどうして私は死んでいるの」
死体の声は澱みがない。
「私、勝手に死んだんじゃないのよ。いいえ、勝手に死んだんだけれど、理由があって死んだの。なかったことになんてしないで」
それで俺は自分の罪を自覚する。死体が一つ、生者が一人。それなら帰結は明らかだ。
――暗転。
俺は恐る恐る目を開く。視界には空と砂。俺は深く息を吸い、首を曲げる。覚悟したものはそこにはなく、ただラベンダーが一株植わっていた。
「――先生、」
声は掠れて震えた。そよと風が吹いて返事のように紫の花が柔らかく揺れる。
「ごめんなさい」
ぽつりと落ちた涙が一滴、砂漠の砂に染み込んだ。