弱虫泣き虫強い虫
「殺すのと殺されるの、どっちが好き?」
「どちらにも思い入れはないです。好きとか関係ないでしょう」
辻と二人でいるときの犬飼は、大抵突拍子もない話ばかりしている。二宮や氷見には気遣いからか当たり障りのない話をしているから、気を抜いているのだろうと辻も適当な返事をしている。「そう言うと思った」と犬飼は笑った。仮想空間で連携訓練をしていたはずが、犬飼はすっかり飽きているようだった。辻は弧月を鞘にしまう。
「鳩原ちゃんはさあ、殺されるのは平気だったよね」
「そうですね」
「一回さあ、スコーピオンで拷問まがいのことしたんだけど、痛覚鈍くしてたから全然意味がなくって」
「何してるんですか」
「足を落として、腹抉って。それから指を一本ずつ切り落とした」
「そういう意味じゃないです」
「知ってる」
仮想空間の雑居ビルの屋上で、犬飼は空を眺めている。戯れのようにハウンドを使ってあたりを爆撃しているのに、何の理由があるのだろう。メテオラではないからあまりすっきりした景色にはならない。
「知り合ってしばらくしてから、一緒にコソ練の案を考えたりしてたんだよね。自分を追い込んでみるとか、的の形を変えてみるとか」
鳩原が人を撃てないのは周知の事実で、遠征が取り消されるまではそこまでのタブーではなかった。二宮隊の得点源は二宮で、ほかの人間はアシストが主な仕事だ。人が撃てなくても別段弱点にはならない。それに、犬飼なら相手を不快にさせずにそういったことも話題に出せるだろうと辻は納得する。
「おれの銃渡して、嫌なら撃ってって言ったんだけど、結局鳩原ちゃんがベイルアウトして終わった」
「でしょうね」
鳩原はどんな顔をしていたのだろう。怯えたり、苦しんだり、あるいは悔しがったり? 考えても答えは出ない。どうせ普段と大して変わりはしなかっただろうとは思う。あの人はそういう人だった。
「そんな歌あったよね」
犬飼はリズムをつけてワンフレーズを口にした。知らない曲だ。「傷つけるより傷つく方がいいって弱虫かな」歌うつもりもないような、ぽとぽとと零れ落ちるような音だ。
「辻ちゃんの同期に、死ぬのが怖い人はいなかった?」
「知らないです」
「そっか。おれの同期にはいたよ。結局ボーダー辞めたっぽい」
「珍しいですね」
「そう?」
痛覚はほとんどない。致命傷を負ったらベイルアウト。何を怖がればいいのだろう。辻の入隊は早い方だから、そもそも覚悟が決まっている人間が多かった。
「死なないための力が欲しくてボーダー入ったのに、さあ死んで覚えろって言われたらそりゃ嫌だよ。鳩原ちゃんのタイプより、こっちのほうが多いんじゃないかな」
「なるほど」
辻が一律に「戦闘員に不向き」と認識している人間にも種類があるらしいと今更に気づく。近くに鳩原がいたから全員同じタイプだと思っていた。
「傷つけるより傷つく方がいい人間が多かったらさ、多分世界はもっと平和だ」
犬飼はずっと空を眺めていて、その表情は伺えない。どうせ、平静な顔をしているだろうと辻は思っている。鳩原は今も傷つく方を選んでいるのだろうか。考えようとしたが、深入りすると不味い問題だと気づいて辻も空を見上げる。雲一つない、情報量の少ない空だ。
「先輩は、どっちですか?」
「うん? そうだなあ」
犬飼は焦らすようにのんびりと声を上げる。辻はじっとそれを待った。鳩原は傷つく方がいい。辻はどちらでもいい。では、犬飼は?
「傷つきたかった、かな」
「変態ですね」
「そうかも。でも弱虫ぶった卑怯者よりいいでしょ」
ようやく犬飼が仮想空間の解除操作をする。辻が見上げていた空は消え、無機質な天井が目の前に迫る。現実に戻った辻の前に、犬飼が立っていた。
「辻ちゃんさあ」
犬飼は笑う。換装は解かれて、犬飼の手元に銃はない。六頴館の制服を着た生身の人間がそこには立っている。そして、辻の手元にはまだ弧月がある。
「殺すのと殺されるの、どっちを選ぶ?」
「自分が殺されるくらいなら殺しますけど、」
辻は冷たさを装って口に出す。
「今の先輩を殺す動機はないですよ」
「わあ格好いい」
犬飼は楽しげに笑って辻にじゃれつく。それをいなしながら辻も換装を解いた。ボーダーの戦闘員なら全員そうする。唯一の例外はもういない。どうあれ犬飼だって殺す側なのに、まったく馬鹿馬鹿しい問答だった。