お前の話

1

 お前はお前を滅ぼすだろう。お前が理解しているのはそれだけだ。

 お前は二〇〇四年十二月二十四日の午後十一時にいる。お前の親友であり《宝探し屋》は最後の探索の前にお前が在学する學園中を駆け回っていることだろう。お前は《宝探し屋》の探索に同行することを既に申し出ているので、彼がお前の部屋を訪ね探索準備の完了を告げるまでの時間で思う存分懊悩することができる。懊悩の中身は待ち構える終わりについて。お前は迫り来る終局に苦しみながらも終わりが近いことに安堵している。

 しかし。

 ここは――今は永遠に引き延ばされた時間の一部であるので、お前の苦悩に夜明けは来ない。

 走馬灯のように、という言葉が真実であるとお前はこれから知ることになる。お前が走馬灯を見たことがないのならぱらぱらと捲られていく本のページのように、そうでないなら流れていく映写機のフィルムのように、お前はあらゆる可能性を見る。あらゆる可能性、あらゆる選択、あらゆる未来、あるいは――あらゆる過去を。 

2

 これが一番簡単な方法だとお前は思っている。しかし――何かがお前にそれを選ばせないでいる。

 お前は部屋のベッドに寝転ぶ。三年近く住んだ――お前は寮の個室に「住んだ」という言葉が適当かどうか悩んでいる。しかし他に何と言えばいいのか分からない――部屋は、お前の一部として、あるいはお前の外部として相応しい姿をしている。スパイスの小瓶たち、染み付いたアロマの匂い、放り出された勉強道具、それから、まるで巣のように部屋の――精神的な――中央を陣取るベッド。

 お前は備え付けだった真白いシーツに丸くなり、ラベンダーの香りが染みついた布団を頭からかぶる。布団の温もりにほっと安堵の息をつくのは一瞬で、すぐに酸素が薄くなり息が苦しくなる。しかし、お前が布団から出ていくことはない。

 そのうち――冷えた手足が少しだけ温もり、頭がのぼせてきたころ、お前の部屋のドアがノックされる。

「皆守、探索に行こう」

 お前はそれに布団の中から返事をする。

「悪い。急に具合が悪くなった」
「大丈夫か? 白岐もそうだったけど、おまえも何かに当てられたり……」
「違う。ただの頭痛だ。たまになるんだ。悪いが、俺以外を当たってくれないか」

 お前がそう言うと、お前の親友はドア越しに頷く。お前はそれを想像することができる。

「わかった。おまえがいなくて寂しいけど、行ってくるよ」

 お前はその言葉に咄嗟に叫びたくなる。布団を放り出して俺を連れて行けと言いたくなるが、お前はもうこの後のことを想像している。

 お前の親友と、墓を守る最後の番人でありお前の友人でもある生徒会長は墓の中で邂逅する。

 お前の親友が勝ったとしたら。

 生徒会長はお前のことを黙っているだろう。お前は何食わぬ顔で親友の勝利を喜び、すべてを見ないふりをして學園を出ていく。そして? そしては存在しない。お前は學園の外を想像することができない。それを喜ばしいことだと思えない。お前が理解しているのはお前の沈黙がお前を永遠に苛むことだけだ。それは既に存在する沈黙ではあるが、言葉の宛先は永遠になくなる。お前の言うべき言葉は重石となり、お前は水の底に沈み本当に息ができなくなる。そしてそこに裏切りと言う咎が加わるだろう。

 もしくは、お前の親友が――負けるとしたら。

 お前は生徒会長に叱られる。そして? お前の親友の死体を埋め、お前はその隣に骨を埋めることになるだろう。生徒会の仕事に復帰し、今までのサボりを取り返すだけ働き、そして? そしては存在しない。お前に未来はない。

 そう、だからお前はこの選択を選べない。

 お前の怠惰は閉ざされた未来を前に藻掻くからだ。

3

 それなら、とお前は思う。未来と言うのならお前の親友に賭けてみてはどうかと。お前はお前の親友の探索に同行する。そこで生徒会長と対決する。

 お前は親友の右斜め後ろから生徒会長と対峙するだろう。そこが彼と今まで過ごしたなかで見つけたちょうどよい距離だからだ。《宝探し屋》がバディを庇うのに。あるいはバディが《宝探し屋》を助けるのに。それから、ちょっとした会話が通りやすい距離でもある。お前はもうひとりの友人にこの連携を見せつけなくてはいけない。この場合、生徒会長がお前に言及するかどうかは五分五分だ。生徒会長がお前の裏切りを詰るならば、お前は心の底から気持ちをかき集めてこう言わなくてはいけない。「俺はこいつのしてきた解放を信じる」それがたとえ虚勢でも、思い込みでも、嘘でも。そうしたら、その言葉は真実になる。

 もしも五分五分のもう片方、生徒会長がお前の意思を尊重した場合――そう、お前を尊重した場合だ――、お前の裏切りは沈黙の中に埋もれ永遠の異物となるだろう。お前はそれに耐えられない。現状の沈黙ですらお前を苛んでいるのに、これ以上があるとは思いたくない。生徒会長の善意によってお前は苦しむ。

 加えてお前に賭けに出る勇気はない。なぜって、お前はそういう性格だから。 

4

 ならばお前は親友と戦うしかない。お前は親友にすべてを打ち明け戦いを挑む。

 お前は玄室で――お前が守るべき遺跡の先で――彼を引き留める。そう、例えば「アロマの火が消えちまった」なんて言うだろう。それは言い訳だが、同時にお前を守り苛む時間でもある。お前は深くアロマを吸い、弛緩しながら緊張する。アロマを吸い終わった時がお前の持つ時間の最後だ。

 お前は身分を明かす。親友は驚くだろうか、わかっていたとでも言うように頷くだろうか、お前には想像もつかないことばかりの道だが、お前はもうこれしか選べないことが分かっているはずだ。

 もしお前が勝ったら、お前は親友を墓に埋め、それから彼の友人たちすべてを生贄に捧げる。いつもの――かつて逃避したお前が戻ってくる。お前はそうならないと見越しているだろう。それはお前が手を抜くことを意味しない。お前は親友の強さを信じているからだ。自分より強い人間でなければどうしてこんなにもまっすぐ立っていられるのか説明がつかない、お前はそう思っているから。持つ人間から持たざる人間への憐れみと驚嘆を込めてお前は彼の強さを試す。

 お前が負けたら、お前は親友に許しを請わなくてはならない。お前の親友は優しい人間だからきっとお前を許すだろう。そして、そして――お前はやはり、その先を想像できない。

5

 そこへ機会が現れる。墓が崩壊する。お前の友人であり理解者である生徒会長は墓と運命を共にすることを選ぶ。お前もそうすべきだとお前自身が囁いている。自分を責める声は自分の内側からしか聞こえてこない。だってお前は責められたかったのだから。

 その頃にはもうお前はすべての過去を取り戻している。お前は責められたかったのだ。罪を放り出されるのではなく。だからお前は今度こそ罰を受けなくてはいけないのだと思う。

 そこに声が。

 お前は振り返る。そこにはお前の親友が立っている。必死な顔で、こちらに手を差し伸べている。なんだか叫んでいる声も聞こえる。後ろでは彼のもう一人のバディも同じことをしているかもしれない。あるいは彼を守ろうとしているだろうか。お前にはそれが輝いて見える。極限状態のなか、もしかしたら未来があちらにあるんじゃないかという気がする。お前は手を伸ばす。彼の手を取る。彼がほっと息を吐いて笑う。お前はもう一人、友人の手も取って遺跡から抜け出す。

「おれの宝物。死なないでよかった!」

 お前の親友はそう叫ぶだろう。お前は彼の宝物になる。いいや、元々なっていたのだ。お前はそれを自覚する。

6

 お前はお前を滅ぼさないといけない!

 お前は突然の叫びに驚いてしまう。その叫びは一瞬に生まれた叫びだ。

 お前の目は蜂の羽搏き、雷の軌跡、銃弾の行方を捉えることができる。お前は一瞬に生きている。お前にしか受け取れない叫びを聞く。

 その一瞬が叫ぶ。

 お前にはあらゆる選択肢がある。いいや、実際には二つしかない。お前にはもう時間がないからだ。お前には二つの選択肢がある。お前を滅ぼすか、滅ぼさないか。

 もう選んだはずではないのか? お前は思うだろう。お前は自分を滅ぼさないのだと。しかし、お前は選ばなければいけない。耳を澄まさなければいけない。何に?

 この叫びを誰が発しているかに、だ。

7

 お前は泥のように行き詰まる未来を目の前に藻掻いてきた。《転校生》に声をかけ、保健室仲間の葛藤の行く末を見守り、遺跡の中で親友を助けた。状況に御膳立てされたものだとしても、お前は選んできた。お前が選んだのだ。お前の親友が、ではない。お前が選んだ。お前は「お前」として親友に認知されている。それはいつか拒んだ荒野ではない。お前が築き上げた砦への評価、お前に燃え残る焔への評価だ。

 そして最後の選択だ。それがお前という存在を決める。

 選択肢は二つだけだ。未来か、自分か。

 両方はない。

 閉塞した未来を前に藻掻いてきたのではなかったか? しかしお前に取れる選択肢はもうない。お前の怠惰がここまで事態を引き延ばした。どちらかだ。お前を友に委ねて未来を見るか、破局を前に自我を通すか。

 そしてお前は叫びの主を知る。――自分だ。自分が叫んでいる。

8

 お前は「自分」を手に入れなくてはいけない!

 「自分」が叫ぶ。お前という名前が、輪郭が、過去が、未来が、存在が叫ぶ。

 傲慢な《宝探し屋》の腕を逃れ、お前自身こそがお前の主だと言わなくてはいけない! お前は選ばなくてはいけない。お前を滅ぼす道を。そうしてようやくお前は自由になる。どこへでも行けるようになる。どこへでも、破滅の先へでも。お前はそこで《宝探し屋》のコレクションを超えて、ようやく一人の人間になるのだ!

9

 そうできるなら!

 お前は瞼の裏にかつての自分を見る。大きな制服の中で痩せた体を泳がせる、今よりずっと小さく心細かった自分を。けれど彼の瞳は茶色く透き通っている。その瞳が何度も陰り世間をそのまま受け止める素直さを失うのはもう少し先の話だ。

 そいつは透明な瞳でお前を見上げ、細い声で問いかける。

「どうしたらいい?」

 お前はもう、そいつに掛ける言葉を知っている。そいつを幼いと思うことができる。お前には手ひどい失敗の記憶と、そこからゆっくりと自分を立ち直らせつつある時間の記憶がある。

「どうしたっていい。義務ではなくて、お前がそうしたいと思うことをしよう」

10

 そしてお前は選びとる。

「決めていたことだ」





おれはおまえについて想像する。