チェコに行ったよ

前書き

2022年にディスコエリジウムというゲームをプレイして以来旧共産主義圏に行きたいなーと思っていたところ、今年に入って中世のチェコが舞台のKCD2というゲームをやり、チェコについて調べ、チェコ行きたい欲が頂点に達し、今回の旅行に至ったわけです。 この旅行記を読んだ人は是非ディスコエリジウムかキングダムカム:デリバランス2のどちらか(両方でも可)をプレイして私に感想を聞かせてください。あるいはチェコに行って私に感想を聞かせてください。

1日目

時間と金の都合で飛行機は夜の成田発、ポーランドのワルシャワ乗り換えを選んだ。

昼間、同行者はヒロアカ原画展で、私はポケモンGOで立ちっぱなしor歩きっぱなしの時間を経て、足に不安を抱えながらの搭乗。ちなみに日本最後の晩餐はそばを選んだが、割と早めの時間に機内食1回目(着陸の少し前には機内食2回目が)が出てきたので完全に余計。


▲機内食1回目(ポーク)

日本人と外国人はぱっと見半々くらい。こんなにポーランドに人気が……?と思いながら飛行機を降りたところ、ゲートの先では「イタリア縦断の旅」なんかの旅行先の掲げた紙があちこちに。ポーランド航空が安いからみんな乗り継いで使うっぽい。なるほど。

ここで保安検査を受ける。ポーランドの係員の制服はオリーブ色でどこか威圧感がある。軍服っぽいからかな?お互い言語が通じないのが分かっているのか係員はジェスチャーを多用するのでドキドキしながら注視する必要がある。「empty pocket!」「everything!」等叫ばれると自分のことじゃなくても緊張する。無事通過。いつの間にか日本人は散り散りになって、プラハ行きの飛行機を待つゲート前では私と同行者の二人きりに。やったね、レアキャラだよ!


▲ワルシャワ空港のVOR/DME

プラハに到着したのは朝の9時過ぎ。あっさりと空港を出て、バスと地下鉄を乗り継いで市街へ。チェコの公共交通機関は距離制ではなく時間制なので、PID Litackaというアプリで乗る時間分の切符を買っておく。


▲空港発のバス(3連結。長い)

事前に調べはしたものの、プラハにはコインロッカーが全然ない。荷物を有人のストレージサービス(1個5.9€と手数料)に預けて昼食へ。redditのトラベルガイドから知ったマラー・ストラナ地区にあるチェコ料理店を訪れる。牛肉のタルタル(生の牛肉の細かいミンチを焼いたトーストに載せて食べる)とシチュー的な何かを同行者と分け合う。タルタルは全く味の想像がつかなかったのだが、食べてみると美味しい。
飲み物には大抵容量が併記されている。私が頼んだノンアル(いちごジュース小瓶)より同行者のビール300mlのほうが圧倒的に安い。ここでビール単位系という概念が私と同行者の間で爆誕する。


▲1日目の昼食。牛肉のタルタルとシチューとパン団子。

プラハ城へ。城なので当然丘の上にある、のでトラムでPražský hradまで登るとよい。

ムハ(ミュシャ)デザインのステンドグラスが聖ヴィート大聖堂にあること、聖ネポムツキの存在、窓外放出事件(ひいては中世チェコの歴史の概要)を知っておくとある程度楽しめる。


▲聖ヴィート大聖堂の聖ネポムツキと旧王宮にある王冠(レプリカ)。ネポムツキは頭に星が5つあるのが特徴。

のだが、飛行機搭乗前の疲労が祟って早々にダウン。足早に見て回って宿泊するアパートへ引き上げる。

泊まるのはNárodní třídaあたりにあるアパート(民泊的なやつだと思う)。洗濯機があることを理由に選んだけれど、地下鉄にもトラムにもアクセス抜群、近くにtescoほかスーパーもあるので地区としておすすめ。


▲アパート近くの停留所から。ビルに巨大な蝶の装飾がとまっている。

というわけで第1日目、完。

2日目

8時ごろにアパートを出てカレル橋へ。ガイドブックには「大道芸人も多く、賑わう」などと書かれているが、行くなら圧倒的に朝、というのが地元民の意見らしい。実際そう。橋脚の上に聖人の像が置かれているので、じっくり見るのには朝がいい。ガイドブックによると聖人像は全部で30ほど。ザビエルとクリストフォロス、ネポムツキだけは見分けがついた。ザビエルは東洋の人々に担ぎ上げられていたが、そんな偉業がある人だっけ?あなた。


▲カレル橋とその遠景

橋を引き返してユダヤ人地区へ。ユダヤ人墓地のインフォメーションで地区の共通チケットを買う。ユダヤ人墓地隣のマイゼルシナゴーグにはナチスの犠牲者の氏名が壁一面に書かれており、なんとも辛い。ユダヤ人墓地は墓石が所狭しと突き刺さっているが、大きな木の陰にある感じがどうにも穏やかだ。歩いていると明らかにユダヤ人の見た目の方が(シルクハットに髭)墓でなにやら唱えている。墓参りなのか? 墓地を出てから私の服装(肩紐のあるワンピース)がシナゴーグに不適切だと気づく。さっきのユダヤ人のひと、ごめん。ほかのシナゴーグは諦めて旧市街広場へ。


▲ユダヤ人墓地とそこにいた猫。墓石が所狭しと並んでいるのは、宗教上の都合で改葬ができず、既存の墓の上に土を盛って埋葬するのを繰り返したせい。その際に墓石だけを上に持ってきたらしい。

旧市街広場をぶらぶら。ガイドブックに従って近くのハヴェルスカー通りを覗いてみる(土産物探しにいいらしい)。うーん……ここは……いうなれば……清水寺における三年坂、沖縄における国際通り。どうにもよく分からないチープなお土産屋が軒を連ねている。一部はそうではないのだろうが……。おい、ガイドブック、本当にここを勧める気か?


▲旧市街広場とそこにあるヤン・フスの像

とやっている間に共和国広場へ。ディスコエリジウムをやって以来興味があるということで共産主義博物館に入る。博物館(museum)とあるが、プラハには民間のmuseumが滅茶苦茶多い。sex machine museumとかね。共産主義博物館も民間の博物館だが、展示は真面目。ただ……ちょっと薄味かも? あるいは共産主義革命という思想は展示品というモノで説明しきれるものではないのか。展示は最後に「社会主義体制は終わった」で締められる。endだね。

カフェで一息。製菓学校経営のIPPA cafeへ。ここの抹茶ラテは甘くなくてケーキに合う。いい感じ。 そこから線路の東側、ジシュコフへ。丘に登り、フス戦争の英雄、ジシュカの像を眺める。丘を下った後で像の背後の建物に無料で登れることを知る。やっちまったな。丘からだとテレビ塔がやや近くに見える。塔を登っている赤ちゃん(なぜ?)の装飾も見えた。


▲共産主義博物館の入り口(DREAM,REALITY,NIGHTMARE)とカフェのケーキ



▲巨大なジシュカ像とテレビ塔の遠景

同行者がタルタルを気に入ったので、ちょっと早めの夕食にタルタルと牛肉のカルパッチョを食べる。ここでタルタルの味が店によって違うことを知る。今回の店のタルタルはネギトロに似ている。

アパートに戻りつつ、近くのお店を何軒か冷やかす。これは最高の招き猫の写真。

▲中指を立てている招き猫、小判にはfxxkの文字。

3日目

KCD2後半の舞台、クトナー・ホラ(クッテンバーク)へ。電車に乗っていると途中の乗客から「席が違う」と言われる。席上部にチケットの掲示があるのは予約席、そうでないのが自由席らしい。親切なその乗客が教えてくれた。ありがとう。フォロワーからも教わった気がするがすべては闇の中。


▲クトナー・ホラ駅に停車している電車とセドレツの納骨堂(外観)

セドレツ納骨堂で装飾を見る。ここは聖地エルサレムの土が撒かれたということで納骨堂として人気だったらしい。ペストや戦争による死者の骨も収められているとか。その後骨による装飾が始まり、シャンデリアや紋章なんかが骨でつくられている。写真撮影禁止なので詳細は検索してくださいな。そして聖バルバラ教会へ。ここでセドレツにある聖母マリアの教会との共通チケットが買えた。セドレツを後回しにするが吉か?聖母マリア教会には行っていないのでよく分からず。

聖バルバラ教会は当時銀鉱山として栄えたクトナー・ホラの鉱員たちの寄進で建てられた教会。同行者にそれを説明すると「檀家が自主的に寺建てるようなもんか」と。なるほどね。すごいね。

その後は町をぶらぶらしてゲームの舞台を楽しむ。石の噴水を見て「水はどこから来たんだ?」って言ったり(KCD2の主人公ヘンリーはクッテンバークで噴水を見るたびに水の出所を疑問に思う。まじで毎回思う)、イタリアン・コート(当時の造幣局)を襲撃した(ゲーム内の)思い出に浸ったり。


▲KCD2に出てくるのと似た石造りの噴水と、KCD2に出てくる入れない教会

プラハを出てから気づいたが、プラハは何というか……ギラギラしたところがある。純粋な町の美しさや散策の楽しさに浸るならクトナー・ホラはおすすめ。プラハ以外を知れて良かったと思う。

ついでに町で見かけた和風カフェへ。庭は和風(石と竹)なのだが、入るとインネパのカレー屋で流れるようなBGMが流れており、隣の客はシーシャを吸い始める。謎アジアだ!
そこで新茶を頼むも明らかに茶葉が多い。というか、茶葉入りの急須とポットをぽんと渡してくるのは何なのか。


▲和風カフェのメニュー(japanese teaと書かれている)と、出てきたお茶(茶葉が多い)

お茶の飲み過ぎでたぽたぽのおなかで帰路へ。意外に時間ができたので夕方からレトナー公園へ。夏なので何か催し(コンサートと出店)をやっており、ラッキー!になりながら怪しげな「おにぎらず」を食べる。微妙に流行をキャッチしている。そしてなぜサーモンと一緒にフルーツが入っているのか。どこの国でも射的は子どもに大人気。夏を満喫してアパートに戻る。

▲レトナー公園の出店たち



▲レトナー公園は犬の天国

4日目

当初の予定はすべて消化してしまったので、街をぶらぶらしながらお土産探し。ラストはちょっと高めのレストランでタルタル。生肉は日本で食べられないからね。

トラムに乗ってペトシーンの丘へ行くが、ここはレトナー公園と違って森!って感じ。展望台には上らずにぶらぶらした後丘を下る。景色が良い。本当は丘の下からケーブルカーがあるらしいのだが、行ったときは運休中だった。


▲丘からの景色

少し早めに空港に向かうが、何か……規模が小さい?土産屋がないなあと思いながら余った小銭の消化先を探す。空港ではビールがなんと99チェココルナ。市内価格の約2倍に。そんなことあるんだ。


▲空港の管制塔

チェックインと保安検査場を抜けたところでどどーんと免税のお土産屋が登場。なるほどね。完全に理解した(手遅れ)。そしてとうとうビールの価格が120チェココルナへ。暴騰だー!

そんなこんなで帰路へ。帰りの飛行機は空いていて快適だった。

違うなあのはなし

空港で思うのはまずトイレが違うこと。便座が明らかに人間の尻に合わせる形じゃない。そして流すレバーがボタン式だ。トイレ背面の壁にボタンが大小2個あって、ボタンの大きさで水量が表される。これだけはチェコのデザインの方がかっこいい。

空港以前、飛行機の中で思ったことならまず山がないことだ。山がないし、川もない。平らで開発されていない土地を見るとなぜだかそわそわしてしまい、「こんな平らな土地が残っていて良いのか」と妙に不安だった。
そのくせ見晴らしの良い丘をひいひいと登りながら「誰だよチェコが平らとか言ったやつ」と文句を言い、頂上に着いたならまた「平らだなあ」と感想を言う、謎のルーチンを作ってしまった。


▲空港に行く途中、地下鉄の終着駅。だだっ広い。

道を歩いているとたばこを吸う人を多く見かける(ちなみにそんなに臭くない)。かつて行ったイギリスでもそうだった。ここでは公共空間が「公共」のものなのだと感じる。つまり……個人の権利がある。逆に店内での喫煙が制限されるのだ。日本とは考え方の違いだと思うが、公共に何を求めるか――快適さか、自然さか、の違いが出ていると思う。個人的にはチェコのたばこは臭くないので近くで吸われても構わないのだが、受動喫煙問題はどうなるんだ?という気もする。あとポイ捨ても多いし。やめな。

あと、犬をよく見る。よく見るというか、ショッピングモールや地下鉄の中で見る。犬!会えて嬉しいよ!公園ではリードなしの犬も見た。犬!大丈夫なのか!?エスカレーターに乗る犬も見た。犬!賢いねえ!野良猫はさっぱり見ない。見たのはユダヤ人墓地での一匹だけだ。猫!暖かそうだねえ!

レストランで思うのはウェイターさんが注文をとるときに伝票や端末を持っていないこと。
「this, and...」「ふんふん?」「this」「あはん?」「this」「that's all?」「yes」ってな感じ。記憶力が良いんだね。みんなビールのグラスが空くことに目敏いし。

プラハの街について、あるいは日本について

プラハには観光客が多いと聞いていて、実際多いのだろうが、悲しいかな日本からほとんど出ない私にはチェコ人とその他の区別がつかない。そもそも地元民でパンクしかけている東京を経由してきているので、満員でない地下鉄やトラムを見ると「なんだ、余裕じゃん」と悪の顔になってしまう。混雑した地方都市や東京出身の民にとっては快適な街と言えるでしょう。


▲トラムたち。

道路事情の話をするなら、そこには「混沌」があると思った。信号が少なく、電車の軌道の上を車が走る。車やトラムが前を行く自転車に合わせてのろのろ走っているのを見たときは、「ありなんだ」とただただ困惑した。歩行者は好き勝手に道路を渡り、しかしそこには車の運転手とのコミュニケーションがある。
コインロッカーも、自販機もない。代わりに謎のATM、ミニマーケットやたばこ屋がある。

ここで過ごして日本は利便性、効率性に最適化されているなと感じた。自販機も、道路も、便利で効率的で、だけど最適化されているものしか存在を許されない。自転車も歩行者も、日本においては車の敵だ。しかしプラハでは「そんなもん」なのだ。自転車専用レーンはなく、歩道は途中で消え、車は石畳を転がるようにぶろぶろと走る。その混沌は恐ろしくもうらやましい。

それから、プラハには落書きが多い。なぜメトロやトラムの車内にも落書きがあるのか。美しい街に何かを主張せざるを得ないのか何なのか。分からないが時々芸術的な落書きに出会いふふっとなるのが悔しい。もちろん日本で見るような落書きも多いんだけれど。

▲落書きたち。

観光客としてのはなし

英語がしゃべれないし聞き取りもできない。しかしチェコ語ができるわけでもないので英語で乗り切る覚悟(覚悟だけ)をして、チェコ語はこんにちはとありがとうだけ覚えて旅行に臨んだ。
実際、私の下手な英語でどうにかなった。分からない、という顔をするとボールは相手に渡るのだ。しかし、それでよかったのか?これは観光の害の一面ではないのか?という気持ちが拭えない。
そもそもチェコ語のこんにちはの出番がない。私たちはどう見てもアジア人の見た目をしているので、相手が初手で「ハロー」なのだ。これは相手の優しさであり諦めだ。


▲飛行機から見たチェコ(ポーランドかも)。平らだ。と、プラハ城で見かけたモチアイスクリームの看板。

私は沖縄の一等地、国際通りが地元民ではなく観光客向けになっているのが好きではない。私の地元、熊本の下通りや新市街が同じ目に遭ったら、私は虚しく悲しい気持ちになるだろう。しかし私はプラハに国際通りと同じものを感じ、しかも私がプラハを「そう」変える行為に加担しているのだ。


▲カレル橋にて。東洋の人々に担がれるザビエルと、ネポムツキ像のブロンズの説明板(犬が撫でられてぴかぴかになっている)

観光の目的は究極、自分以外を見に行くことだ。しかし、互いが完全に違うならば見ることすらかなわない。プラハは観光客向けに変容した。けれど、我々は変容したプラハを見たいわけではないのだ。見たいのは旧市街広場に長年店を構える老舗であり、カフェで寛ぐ地元民だ。観光客と地元民、どちらに変化のしわ寄せが行くかで観光は害にもなり利益にもなる。私はプラハのために変容できただろうか。考えながら帰途についた。(と書くとすごい社会派エッセイっぽいね。楽しかったです。)

▲謎の日本料理店(ルフィの絵が看板に書かれている)と、聖バルバラ教会で見かけた謎の装飾(変な顔)